犬が吠えども、キャラバンは進む。

Biar anjing menggonggong, kafilah tetap berlalu. インドネシアでひとを研究しているある院生の備忘録。

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【貸す?貸さない?】インドネシア人に「お金を貸して」と言われたら【返済問題と『負債論』的解決法】

 こんにちは、今日はインドネシアにおける「お金」に関する出来事と私の考えた「お金でうんざりしない方法」を記録したいと思います。

「お金、貸してくれない?」

 インドネシアにしばらく住んでいるとインドネシア人の友人や知人ができますね。そしてある程度親しくなるとこの「お金貸して」発言を聞くことになります。まぁ、お金があるところに、借金はある、そんなに珍しい話でもないと思うのですが・・・。

 インターネットを放浪していると「インドネシアの友人/知人に、「お金を貸して」と言われた!!!」という在インドネシア日本人の体験談が多く出てきます。

 ネット上にここまで「インドネシアでお金を貸した」あるいは「貸してといわれた」日本語の体験談が多いのは、単に「日本人」である彼らが、インドネシアという彼らにとっての非日常にいるために、通常プライベートの問題として片づけられるお金問題を日本語のブログという言語的密閉空間にスピークアウトしてしまうだけという原因も考えられます。

 しかし実際、「お金貸して」問題にうんざりしている「日本人」も多そうなので、日本語の媒体でインドネシアで「お金を貸して」と言われた時の対処法うんざりしないお金の貸し借りに対する考え方を記録しておきたいと思います。

インドネシア人の金銭事情

 インドネシア人に「お金を貸して」と言われた!と憤慨する前に、まずインドネシア国内における平均給与などを考えてみましょう。インフレによって物価の上昇が激しいインドネシア、スターバックスをはじめとした米国企業、韓国コスメショップ、日本企業による日本食レストランの展開・・・そういった一部の高級市場およびそういった店を利用できる富裕層のインドネシア人を見ていると「インドネシア人だって、日本人と同じくらい稼いでるし、使ってる」ような気もしてきます。

 しかし、そういった店から一歩外に出れば、店の出入り口で物乞いをする親子や、ウズラの卵を売っている小学生くらいの男の子が裸足で走り回っているのを見かけます。道で交通整理をしているお兄さん、Go-jeckドライバー、レストランの従業員、いったいどれくらいのお金を日常的に手にしているのでしょうか?

 インドネシアは、地域によって物価、平均給与などの差が是正されておらず、特にジャワから遠い地方は(運搬のコストが高く)物価が高い、しかし仕事も少なく給料が低いという最悪の状況に陥っている場合があります。

インドネシア人の平均月給

 ちなみに、インドネシアの平均月給、諸説あるのですが、一応インドネシアの経済産業省が2018年に出したというデータは、以下のような金額になります。

Berdasarkan data BPS, Jakarta, Selasa (8/5/2018). Gaji rata-rata laki-laki sebesar Rp 2,91 juta dan perempuan Rp 2,21 juta. Jika digabungkan menjadi Rp 2,65 juta per bulan dan menjadi rata-rata nasional.

経済中央省のデータによると、インドネシアにおける平均月給額は、男性でRp.2,910,000、女性Rp.2,210,000、全体平均は、Rp.2,650,000でした。

(Ini Daftar Gaji Pegawai di Indonesia, Kamu yang Mana?

 日本円にして、約二万円、ジャカルタなどの都市では月給5万円も珍しくないなんて話も聞きますが、それは本当に一部の(都市の)話です。ちなみに私の友人は地方の公務員ですが、月給は約一万円です。さらに、専門学校を出ている助産師さんは月給約3000円だそうです。夜勤あり、休みほぼなしで、月給3000円です。医療関係者は、資格の関係でできる仕事が変わってくるため、給与も変動するようですが、それにしたって低すぎます。彼女は、「Kerja Honorer /名誉な仕事」であると言いつつ、「給与低く過ぎて、お金を稼ごうと思ってたらやってらんない仕事」とも言っていました。ほんとに、ボランティアに近いです。

 ちなみに先ほどのインドネシア平均月給は、17種類の仕事の平均から出しているようなのですが(つまり、インドネシア国民の平均月給ではない)、私が見る限り、その金額を手にしているのはかなり上層部、年配の層なのではないかという印象です。大卒(S1)の新入社員募集(IT業種)で、Rp.1,000,000~なんて募集はざらに見ますので・・・。

とてつもない低賃金でどうやって暮らしているのか

 では、月給1~2万円って、暮らしていけるのか?インドネシアって物価も日本よりは低いし、意外と大丈夫なのでは?そうですね、おそらく数十年前なら余裕で暮らしていけたと思います。数十年前なら、ね。

 今の物価で、今の社会状況では、ぶっちゃけ自立して暮らしていくことはできないです。いつまでも親元から離れられない独身層が多いのは、こういった経済的な問題もあるんだと思います*1

 それでも、なぜか日本人よりのほほんと暮らしていられるインドネシア人。なぜならば、大家族、親戚づきあいも多く、まだまだ相互扶助が社会的に機能しているためです。どうしようもなくお金が必要になったら、家族や親戚、知人友人でかき集めて、その時を乗り越える。この方法は、インドネシア人定番のお金工面法だと思います。

この現象は、ザカートで説明できるのか?

 インドネシア人にお金を貸してと言われる理由を、「彼らはムスリムだから」「イスラムにはザカートっていう概念があって」とイスラムのザカートで説明しているページを見かけました。確かに、イスラムには富み多きものは与えよ、徳が貯まる、というザカートの概念、喜捨という習慣があります。でも、インドネシア人が知人にお金の工面を歎願する際に、「金持ちなら、喜捨しろ」と思っているというのはちょっと違うのではないかなと思います。

多宗教であるインドネシア、特定の宗教を根拠に説明するのは難しい

 まずインドネシア人だって、日本人の大半がムスリムではないぐらい知ってます。ムスリムじゃない人間にザカートの習慣がないことくらい、知っていると思います。ザカートという習慣に慣れていて自分より裕福な人間にお金をもらうことに抵抗がない、という解釈もわからなくはないですが、インドネシア人にだってプライドくらいあります。もう、これは本当に人それぞれって言ってしまえばその通りですが、私、インドネシア人男性におごってもらったことはあれど、お金貸してって言われたことはさすがにありません。お金を貸してと頼まれる時も、申し訳なさそうに訊かれることが多いです。

 次に、ザカートという習慣がどうの、というのであれば、なぜバリでバリ人に「お金貸して」と言われている日本人のブログ等が散見されるのかという点ですね。バリは、ヒンドゥー教ですが、お祭りなどの儀式にお金がかかるといって、お金の工面を要求される人もいるみたいです。だとすれば、もはやイスラムとか関係ないのでは・・・・。ついでに私が初めてお金を貸したインドネシア人は、キリスト教徒でした。(ちゃんと返してくれました。)

インドネシア社会は相互扶助で成り立っている

 私は、インドネシア人の「お金を貸して」について、イスラム的慣習に基づくというより、大家族で、親戚、知人、友人を巻き込んだ社会(自分の周囲)一体型の生き方に基づくものではないかなと考えています。上記ですでに説明しましたが、「お金」という資産に関してインドネシア人の多くはあまり恵まれていません。ですが、緊急事態時(お祭りや病気、入学などまとまったお金が必要になった時)には、家族や親戚、知人友人でかき集めて、その時を乗り越えるということが常なんです。

相互扶助が当たり前、自己責任という言葉が一番遠いところにある国、それがインドネシアだと思います。

大半の日本人は、一般的にインドネシア人よりも裕福である事実

 お金がない人にお金を貸してと頼んでも、ないものはない、借りることはできません。効率的に集金するなら、お金がある人のところに頼みに行くのが一番手っ取り早いです。インドネシアにおいて日本人のおおよそは、平均よりお金を持っているひとですから、「お金貸して」と言われるのはもはや宿命なのではと思います。

 貸すか、貸さぬかは、本人の自由ですからご自由にしてくださいとしか言えないですが、せめて「お金貸して」と頼られたときは、困っているんだなと思ってあげてください(家の修理費というからお金貸したら携帯電話買われた、とかそういう話もざらにあるので、日本人にお金を貸すのと同じくらいきちんと自分の納得できる範囲を見極めてください)。

「お金を貸して」と言われた時の対処法

 時折、「日本人はお金持ち!!」とお金をせびってくるタイプが存在することも事実です。こういうタイプのひとは、「日本で働いてる金持ち!!」と、日本で働いているインドネシア人などにもたかります。

 当たり前のことですが、インドネシア人にすらうんざりされるタイプの人間て一定数います。借金で首が回らなくなって一家で村から逃亡なんていう、インドネシア人同士のお金貸し借りの顛末も聞いたことがあります。

 また、一度貸したら、何度も要求されるようになった、あるいは額がどんどんエスカレートしていく等の場合もあります。

 そのような場合は、慎重に断る必要があります。以下に、断る場合と貸す場合、それぞれに関して私が実践していること及び注意をまとめました。

断る場合の方法と注意

  • 「家族ネタ」をはさみつつやんわりと断る
    例えば、「親に仕送りしなきゃならない」とか「家族が最近入院して」とかそういう理由を付けて、自由に使えるお金が少ない/お金が必要であることを説明します(お金を借りる側もよく使う理由ですね)。基本的に家族や親を大切にするインドネシア人ですので、「お前のかぁちゃんなんて知らねぇよ、俺に金を貸せ!」などと言ってくる可能性はかなり低いです。冷静に考えて、そんな人間とは有無をいわずに距離を置くべきですね。
  • 日本での物価・生活費について説明する
    限定的滞在である場合に有効な、もっとも角立たない断り方です。「お金貸して」とまでは言わないけど、「日本人お金持ち」と思っているひとには、先に説明しておくのもありです。私の鉄板ネタには、大学の学費をルピア換算で教えるというのがあります。東京の家賃をルピア換算で教えるというのもかなり効果がありました。月7万の1LDK家電なし、電気水道代含まず、という情報を聞いてもなお「日本人金持ち!!!」とお金をせびってくる人は、ほとんどいませんでした。(逆に「日本で生活できなくなったらインドネシアにおいでね、うちにただで住んでいいよ」って心配されました。)
  • 自分の給料額を教えない/低めに教える
    これは、都会に出稼ぎに出てるインドネシア人も結構やっています。田舎との給与格差によって、「金持ち!」と勘違いされるのを防ぐためです*2。最初から、貸せるような余裕はない!と理解してもらえるような額を表明しておくことで、そもそも「お金を貸して」と言われなくなるメリットもあります。嘘も方便というやつですね。

 怒りをあらわに強い口調で断るのは、危険です。特に人前で、そのような態度は厳禁です。下手をすると逆恨みされかねません。インドネシア人を怒らせると本当に危険なのでやめましょう。

 あくまでも助けてあげたいけど(あなたに貸せる)お金がない、という感じで断ると角が立たずに、相手も納得しやすくなります。もはやこの段階になるとかなり個人的で繊細な駆け引きが必要になってくるので気を付けて交渉してください。

貸す場合の見極め

 ちなみに、私の中にお金を貸す、貸さないの判断ルールが一応ありまして、そういった基準を決めておくというのも、いざ頼まれたときにモヤモヤしなくていいし、後悔もしにくいかなぁと思います。基本的に、日本人相手ででも同じ基準で判断しています。

  • あげるつもりで貸す(気長に待つ、そして忘れる)
  • 許容できる金額の範囲(相手の返済能力によって変動させる)
  • 相手の返済能力(給与額など)を把握できない場合は貸さない
  • 使用用途、理由が不明瞭な場合は貸さない

 完全にクレジット/信用審査ですね。ちなみにこの信用審査の「信用」には、お金を有効に使ってくれたかという信用が含まれていて、有益に消費された(相手の生活向上に役立ててもらえた)時点で、その後返済されなくても気にならないです。

結論:返してもらおうと思っているなら、最初から貸さないほうがいいです。

返済問題と『負債論』的解決方法:そもそも返済する必要ってあるの?

 そして最後に、お金を貸すと必然的に発生する「返済問題」について、「お金を返してもらえない」なんて後悔しないように、ちゃんと心得ておくための本を紹介します。

負債論 貨幣と暴力の5000年

負債論 貨幣と暴力の5000年

 

 この『負債論』という本は、負債という概念を追って人類史をさかのぼり、暴力と負債の依存関係、資本主義に隠された暴力の人類史を明らかにした一冊です。

 その中で、負債って返済しなくてもいいのでは?ということを理論的に証明しようとしているんです。アナーキーですね!!

 この本の著者は、デイビッド・グレーバーという人類学者なのですが、本の冒頭で明らかにされるように、某国際組織が発展途上各国に無責任に貸し付けた負債をチャラにしようと奮闘している人です。ケンカを売る相手が壮大すぎて心配になります。

『負債論』で明らかにされた返済モラルの矛盾

 この本は枕みたいに分厚く、全部をブログで紹介しきることなんてできないので、特に第一部に関して、「返済問題」に繋がるの論考をざっくりまとめておきます。

  1. 負債という概念は、宗教的な原罪という発想に基づく概念であって、なんら理論的な正当性を持ちえない。
  2. よって、負債の返済、という行為に関しても、信仰的道徳心によってのみ支えられている。
  3. そして、負債の具現化したものが、お金。現在一般的に流通している貨幣は、国家が国民に対して発行した負債証明書である。(お金は「銀行券」であって、実は国が価値を保証している紙に過ぎない、というのは有名な話)
  4. 信仰的道徳心に支えられている返済を怠っても、理論的には問題がないのではないか。倫理的に問題があるとすれば、貸し付けた側にだって問題がある。
  5. 貸すほうも返済能力を見誤った責任がある。なぜ、貸し付けられたほうだけが返済の責任とモラルを押し付けられて、貸したほうの責任やモラルは問われないのか?
  6. 4-5の論点をまとめると、つまり、返済は道徳心に基づいて行われるものである一方、貸し付けたほうのモラルが問われないのはなぜかという問いになる。つまり、「返済責任」に関しても「貸し付け責任」なるものが道徳的に要求されても何ら矛盾しないはずである。

 ざっとですが、まとめるとだいたいこんな感じだったと思います。まず、負債という概念が信仰的道徳心に基づいているということを指摘し、最終的に返済という行為についての正当性を問うという流れです。(読んだのは数年前なので致命的な記憶違いがあればご指摘ください。ちなみに英語版しか読んでいません。)

 読んだ当初の衝撃はものすごく大きくて、特に返済(負い目や責任、道徳心に依存している行為)を一蹴した「バカらしい/Ridiculous」の一言が痛烈に私の脳みそに焼き付いた*3ことをよく覚えてます。そんな言い方ないだろうと、半泣きになりました(笑)消化できずに一週間ぐらいモヤモヤしていました。

私が『負債論』から学んだ「返済問題」の解決方法

 この本には、古代の返済問題解決法の例なども取り上げられています。その一つに、暴動によって定期的に負債を記録した石板が破壊されて返済問題がチャラになっていたというものがあり、私はこの方法を応用して、自分がお金を貸すときに返済問題を発生させないようにしています。

 やり方は簡単、貸し付けた金額など一切の負債の記録を残さないようにするだけです。記録がなければチャラになる、というなら、最初から記録しなきゃいいわけですね。

 まぁこの方法は、現代で不当に正当性を与えられている貸付側に自分がいるからこそ実行できる返済問題解決法であり、今ところ現実には、お金借りる側に対等な正当性は一切与えられていないので、注意しましょう。現代において、お金を借りるということ、負債を背負うということは、圧倒的不平等な権力差の中に身を置くことと同義です。まさに飛んで火にいる夏の虫、大変危険な行為なのです。この『負債論』第二部、第三部では、「負債」に関するとんでもない「暴力」の人類史も暴かれています。興味がある方はぜひ読んでみてください。

蛇足的な発見

 ちなみに、久々に『負債論』について下調べをしていたらものすごく意外な事実を知ることになりました。

  ちょうど一年前くらいに本田選手がツイッターで言及したことが話題になっていたようです。最近のつぶやきも投資とか資産運用、活用について言及しているので、「お金」を考えるうえで目に留まった一冊だったのでしょうか。どんな感想を抱いたのか(あるいはその思想を反映して何をなそうとしているのか)、とても気になります。

まとめ 

  • インドネシア人の給料はめっちゃ安い
  • ほんとに安いから、暮らしていけない。
  • 多くのインドネシア人の生活は、相互扶助で成り立っている。
  • 日本からの定期的な金銭授与があるのだった5%くらいあげても気にしない広い心が欲しい。
  • お金の貸し借りは、結局個人的な問題。
  • 返す人もいる(忘れたころに返す人もいる)。
  • 情けは人の為ならず。
  • 借金取り立てを肯定するモラルと借金を取り立てないモラル、どっちが正しい?
  • あなたのモラルは、負債論的に「バカらしい」のかもしれない。
  • 返済問題で悩みたくないなら、負債の記録をしない。
  • お金を借りるという行為は、危険すぎる行為。

 長くなってしまいましたが、つまりはそんなに負債に関してカリカリする必要ないんじゃないのかなということです。自身の性分として他人にお金を貸すのが嫌だというのなら、無理に貸さなくていいと思います。

 私は「お金を貸して」と言われた時点で、お金を貸した時点で、インドネシアの相互扶助社会に巻き込まれたんだと、そう考えます。少なくとも私がお金を貸すくらい親しいインドネシア人の友人/知人は、私が路頭に迷っていたら迷わず手を差し伸べてくれるだろうと思います。返済ではなく、相互扶助という方向で、困ったときにごめんなさいもありがとうもなく、無心に助け合える社会を楽しみたいと思います。

 

▼「借金返さなくてもいい」とかそういう話が聞きたいんじゃないよ、という方はこちらの記事がお勧めです。インドネシア人の金銭事情がすっきり丁寧にまとめられていて、非常に参考になりました。また、「わいろ」という魔法の潤滑剤についても触れられています。(外部リンク:PADMA LIVING – オトナのためのバリ島をめいっぱい楽しむ情報サイト

blog.padma-om.com

 

以上、インドネシア人に「お金を貸して」と言われた時の対処法、考え方の記録でした!

 

▼お金の貸し借りと見栄の人間らしさについて考察した記事です。

gulamerah.hatenadiary.com

 ついでにデイビッド・グレーバーの新刊を発見したので貼っておきます。『Bullshit Job(クソみたいな仕事)』ですって、人間に与えられた無意味な仕事がテーマらしいですが、相変わらずファンキーな思考をお持ちのようです。さすがですね。

Bullshit Jobs: A Theory

Bullshit Jobs: A Theory

 

 

 

*1:こちらの記事でも、月給2万で暮らすのは難しいという見解でした。インドネシア人の給料、月給2万円強、年収27万円強って何ルピア?

*2:都会で一人で生きていくのと田舎の大家族に依存して生きていくのでは生活にかかる費用が桁違い、しかし全く理解してくれない層って一定数いるようです。

*3:その「Ridiculous」が両開き左ページの下から数行目にあったことを今でも覚えている。



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